ユーザー企業内でPMOを立ち上げるには、幾つかの困難や弊害を伴います。しかし裏を返せば、それらに正しく対処することが成功のポイントでもあるのです。PMOが単なる管理屋に陥らないようにするには、PMO自身が高い意識を持ち、さらにプロジェクト関係者に伝播・定着させていく取り組みが重要です。
『[ヒント21]ユーザー企業の組織的マネジメント力2』で挙げた2つのポイントをクリアできれば、PMOと各プロジェクトのプロジェクトマネジャーの間で、人的関係が密になるでしょう。そして、「プロジェクトマネジャーが頼りにするPMO」としての存在価値が生まれます。そのうえで、さらに実行すべき3つのポイントが出てきます。
頼りになるPMOが活躍すべき場は、もちろん報連相(ほうれんそう)の場面だけではありません。プロジェクト内の「意識合わせ」や「カルチャー作り」という場面でのサポートも、PMOの役割の1つです。プロジェクト内の管理が徹底されていないと、そもそもプロジェクトマネジャー自身が情報収集に手間取ることになり、多くの時間を割かなくてはならなくなります。
そこにプロジェクトマネジャーを組織的に支援するというPMOの存在理由があります。PMOは標準的な管理プロセスを持っているでしょう。それをプロジェクトの現場まで落とし込んでいく、サポートをすべきです。
その際、「必要だからやってくれ」「そういう決まりだから」という理由で説明しても現場は動きません。ただでさえ現場にとって「管理は面倒なもの」なのですから、プロジェクト管理の必要性をきちんと腹落ちさせなければなりません。その一押しが重要なのです。
現場で管理をしっかりやることで、いかにプロジェクトが見える化され、いかにプロジェクト内外のステークホルダーとの調整がうまくいくようになるのかということを、PMOとプロジェクトマネジャーの両者が十分に説明すべきでしょう。加えて、PMOが日々の管理業務を通じて現場に確かな理解を促す必要があります。
ユーザー企業のPMOが機能不全に陥る原因の1つに、PMOの「マネジメント意識」の問題があります。PMOの組織的な位置付けなどとも関係した、やや複雑な問題です。しかし、PMOスタッフが本来の基本的な役割さえ理解できれば、スタッフの行動は見違えるほど変わります。
PMOは「品質管理部」「プロジェクト管理部」などの名称で呼ばれることも多いでしょう。組織図上は「社内管理部門」という位置付けになっています。所属するスタッフも、必ずしも現場での経験が豊富というわけではなく、プロジェクト側から見ると、スキル面で見劣りしてしまうことが多々あります。そういう場面でPMOスタッフが萎縮したり、管理屋としての仕事に閉じこもってしまったりする可能性があります。
しかし、PMOスタッフはプロジェクト要員の代替ではありません。PMOスタッフには固有の任務があることを、肝に銘じておくべきです。組織的プロジェクトマネジメントを実行していくために、たとえPMOスタッフのスキルや経験が乏しくても、やれることはたくさんあります。PMOという立ち位置でプロジェクトを観察した場合、プロジェクトのリスクやステークホルダーとの関係は、プロジェクトの専任メンバーよりもずっとよく見通せるものなのです。
つまり、PMOは管理責任を負うのではなく、説明責任を負うべきです。従って、PMOスタッフとして「プロジェクトを見る目」を養う必要があります。そのために必要なことは、プロジェクトマネジメントの理論を学ぶことではありません。「マネジメント」という立場に必要なマインドを持つことです。
PMOがプロジェクトから必要と思われる存在として評価される手っ取り早い方法は、「PMOとしての実績」を上げることです。PMOが参画したことで、プロジェクトマネジャーやメンバーが「すごく円滑に運営できるようになった」と感じているようなら大成功です。もちろん、プロジェクトの状況を見える化しただけでは「実績」とは呼べません。PMOとして最も手柄が立てやすい分野は、リスクマネジメントとステークホルダーマネジメントです。まずは、このあたりを重点的に改善するとよいでしょう。
リスクマネジメントは過去のプロジェクトからの事例をベースに、リスク基準を作ると効果的です。また、ステークホルダーマネジメントは、調整会議の開催や、特にライン組織との調整役として実績を積みやすいと思います。ただし、PMOとしての実績を上げることばかりに気を取られると、長い間には弊害も出てきます。陥りやすいのは、PMOの肥大化です。
PMOは、大企業だと比較的大きな組織になることがあります。組織的プロジェクトマネジメントを実行していくために、ある程度大きな組織が必要なのは当然です。しかし、逆にプロジェクト側から頼られすぎて、PMOが肥大化するリスクも出てきます。
PMOに火消し役としての実績やプロジェクト予算管理の役割が求められ始めると、大きな権限も持つようになります。その良しあしを論じるつもりはありませんが、本書で述べているPMOの役割(説明責任はあるが管理責任はない)を超えた組織になりますし、概して現場に煙たがられる存在になりがちです。
一方、権限はなくとも、PMOとして長く在籍している社員は、権威を持つようになってくるかもしれません。それは、プロジェクトに良い影響ばかりを与えるものではありません。