PM×人事の融合が実現する自走組織とは? 【元ニトリ 人事責任者永島氏対談】
2025年12月10日、『「人が動く組織をつくる」~変革を“やり切る”ための人事とPMの構造知』と題し、元ニトリホールディングス 人事責任者、永島 寛之氏との対談セミナーを開催しました。対談内容をセミナーレポートとして公開します。
〜人事とPMの融合、そしてAI時代の価値創造とは〜
組織の分断、世代間ギャップ、そしてAIの台頭——。変化の激しい現代において、「人が自発的に動く組織」をどのようにつくればよいか。元ニトリホールディングス人事責任者 永島さんをお招きし開催された対談セミナー当日の概要をレポートします。ニトリを変革した人事施策の実例から、プロジェクトマネジメント(PM)との共通点、そしてこれからのリーダーに求められる「3つの報酬」について、熱い議論が交わされました。
ニトリを変革した「根拠ある人事」と「関係性の構築」
就職人気企業への変革の裏側
永島さんは、「未来、つまり学生さんがニトリに入社し成長したらどのような社会人となるのか」と「学生さんが入社後に活躍できる根拠,イメージ」など徹底して学生に伝えることこだわりました。採用プロセスの目的・ゴールを、従来の “その学生さんに最終的に入社頂けること” から、”学生さんにニトリのファンになってもらうこと” へと大胆にを変え、積極的に夏休みにインターン学生を受け入れるなどを続けることで、多くの学生にニトリファンになって頂くことで、その学生さんが部活動・サークル・アルバイト先の後輩学生にニトリを薦めることでニトリファンが増えました。その結果、学生の「働きたい企業」のランキング上位となりました。
また、ニトリに限らず多くの組織において「人事の意思決定には意外と根拠のないものが多い」とのお話があり、ニトリでは採用面接の評価や配置転換の理由について、データや現場の現実に基づいた確固たる根拠を持つように変革されました。
「選ぶ・選ばれる」からの脱却
新卒採用,キャリア採用問わずプロセスの見直しにおいて特に重視されたのが、候補者との「関係性構築」です。 単に企業が学生を選別するのではなく、1回目の面接から対等な関係性を作ることに時間を使われました。面接ではまず面接官が5分ほどかけて「なぜ自分がこの会社にいるのか」「会社の将来ビジョンは何か」を語り、お互いの思いを伝え合う場としました。
この取り組みにより、入社後のオンボーディングがスムーズになり、組織への定着率向上につながりました。永島さんは、「これ以上進めたいと思えば合格とする明確なラインを引き、関係構築に注力したことが奏功した」と語りました。
人事とプロジェクトマネジメント(PM)の意外な共通点
目的は「自律的に動く状態」をつくること
一見異なる職種に見える「人事」と「プロジェクトマネジメント(PM)」の間に深い共通点を見出しました。「共通しているのは、一つ一つ指示を出さなくても、最終的に目的に向かって人が自発的・自律的に動いていく状態をつくること」と定義し、PMであればプロジェクト、人事であれば組織全体という対象の違いはあれど、「動ける構造」を設計し、関係者を巻き込んでいく点は同じです。
定量と定性、短期と中長期の違い
一方で、アプローチには違いもあります。
- PM: 成果物の進捗など「定量的」な管理が可能で、期限(今年中にやるべきことなど)が明確です。
- 人事: 期限設定が難しく、成果が「定性的」になりがちです。また、5年先を見据えた人材ポートフォリオの設計など、中長期的な視点が求められます。
戦略的人事の要「人材ポートフォリオ」
永島さんが強調したのは、会社の戦略に合わせた独自の人材ポートフォリオの重要性です。 単に「デジタル人材」といった一般的な区分ではなく、例えば「オペレーションが得意なリーダー」と「自発的に変革を起こせる人材」といったように、自社の事業特性に合わせて人材を定義し、必要な比率を算出します。 ニトリにおいても、将来の事業戦略(IT内製化など)を見据え、現場経験を持つIT人材を育成するための配置転換を行うなど、意図的なポートフォリオ設計が行われました。

組織の「分断」を乗り越えるアプローチ
価値観は無理に揃えなくていい
現代の組織では、世代間ギャップや部門間の壁による「分断」が深刻化しています。 若い世代は上の世代に対し「根拠なく会社のために働いている」と感じ、上の世代は若者を「出世欲がない」と感じるなど、相互理解が難しくなっており、「価値観を無理に揃えようとしないこと」が重要だと説きます。 例えるなら「仲が悪いお笑いコンビ」です。プライベートで口をきかなくても、舞台(仕事)の上ではプロとして協力し、最高のパフォーマンスを出せればよいのです。
「価値観を揃えようとすると同調圧力になり、現代ではパワハラにもなりかねません。違いを認めつつ、仕事の現場でどう協力するかという『行動』にフォーカスすることが大切」。
「静かな退職」と向き合う
意欲や向上心は見せないものの、言われた業務は淡々とこなす「静かな退職(Quiet Quitting)」と呼ばれる層が増えています。 彼らは会社での評価は平均点で良いと割り切っていますが、人生全体で見れば趣味や社外活動に情熱を注いでいる場合もあります。企業としては、彼らを否定するのではなく、多様な働き方の一つとしてどう戦力化していくか、1人の社員から最大限のパフォーマンス(1.2人分など)を期待するのではなく、現実的な落とし所を見つけていくマネジメントが求められます。
自発性を引き出す「3つの報酬」
金銭的な報酬だけで社員のエンゲージメントを高めることは限界に来ています。現代の組織において自発的な行動を引き出すために、以下の「3つの報酬」を先に与えることが重要だと提唱しました。
① 意味の報酬
「いいからやれ」という指示は関係性を破壊します。なぜこの仕事をするのか、会社や社会にとっての意味だけでなく、「その個人にとってどういう意味があるのか」をマネージャーが翻訳して伝える必要があります。
② 関係の報酬
上司、同僚、顧客との良好な関係性です。日本企業は組織図上の上下関係に依存しがちで、意図的な関係構築が不足しています。心理的安全性を高める施策や、1on1ミーティングを通じて、信頼関係という報酬を提供する必要があります。
③ 成長の報酬
ここで言う成長とは、単なるスキルアップではなく、「未来の可能性へのベクトル」を感じられることです。 「成長実感は、過去から現在までの差分ではなく、今から未来に向かっているという感覚から得られます」。 自分がやりたいことに近づいているという感覚を持たせるため、適切なフィードバックとチャレンジ環境を提供することが不可欠です。

AI時代に人間に求められる「観察」と「付加価値」
問題解決から「問題発見」へ
対談の後半では、AIの進化に伴う人間の役割の変化について議論が及びました。 「分析や問題解決はAIがある程度代替できるようになる」とし、これからの仕事は「観察」と「意思決定(何やるかを選ぶこと)」だと指摘。
かつてソニーがウォークマンを開発したように、「いつでもどこでも音楽を聴きたいはずだ」という潜在的なニーズや問題を発見するのは、現場での観察力です。本部の人間には見えない問題を、現場の店長が観察によって気づくようなプロセスこそが重要になります。
「効率化」だけでなく「能力の拡張」を
日本の生産性向上において、これまでは「労働投入量を減らす(働き方改革)」ことに主眼が置かれてきました。しかし、それでは付加価値の創出にはつながりません。永島さんは、「AIを人間の代替として労働時間を減らすためだけに使うのではなく、人間の能力を拡張し、付加価値を高める投資に使うべきだ」と警鐘を鳴らします。
マネージャーは「湯加減調整役」になれ
組織の変革をやり切るために、プロジェクトマネージャーや人事、上司はどのような役割を果たすべきでしょうか。
永島さんはそれを「湯加減調整役」と表現しました。 メンバーが安心しきった「コンフォートゾーン」に長く居すぎると成長が止まります。逆に、過度なプレッシャーがかかる「フェアゾーン(恐怖領域)」では疲弊してしまいます。 マネージャーは、メンバーが少しだけ背伸びをしてチャレンジできる環境(ラーニングゾーン)になるよう、業務のアサインや配置を調整し、適切なフィードバックを与え続ける必要があります。
対談を終えて
本セミナーを通じて浮き彫りになったのは、人事とPMという異なる職種が、実は「人を動かし、価値を生み出す」という同じゴールに向かっているという事実です。 「意味・関係・成長」の3つの報酬を提供し、AI時代にふさわしい「問題発見型」の人材を育てていくこと。これが、これからの組織づくりにおける重要な指針となるでしょう。

左:MSOL西田 右:永島氏