メンバーの「引き継ぎ」は、人の出入りが多いプロジェクトには付きものです。しかし、引き継ぎをうまくマネジメントできているプロジェクトは非常に少なく、同じ過ちが何回も繰り返されています。
次に示す7つの典型例を通じ、引き継ぎに潜む問題点を見ていきましょう。
ある程度の規模があるシステム開発において、プロジェクトの立ち上げから本番移行を見届けるまで、一貫して同じメンバーで作業をすることは、ほとんどないでしょう。小規模案件や保守作業を除けば、少数のメンバーで要件定義を始め、開発・テストに向けてメンバーが増えていき、本番移行に向かってまたメンバーが少なくなっていくはずです。
メンバーが増減する時には、プロジェクトマネジメントにおける重要な課題があります。まず、追加メンバーが着任する時は、新メンバーにプロジェクトの説明や、プロジェクトマネジメント、プロジェクト内のルールについて十分に説明しなければなりません。また、メンバーが離任する時も、後任者への引き継ぎを十分に実施する必要があります。
もっとも、追加メンバーの着任時は、最初に十分な説明をしないとプロジェクトの運営に支障を来すため、これを怠るケースはさほど見られません。仮に細かい説明を多少後回しにしたとしても、日常業務のなかでキャッチアップできる場合があり、問題が顕在化しにくいという面もあります。
私の経験からして、問題はメンバーがプロジェクトを去る時に頻発します。離任時の引き継ぎがうまくいかないのです。着任時に比べ、あまりにも場当たり的な対応になっていることが多いと感じています。
みなさんは、離任時の引き継ぎや担当者の離任後に困った経験をしたことはないでしょうか。以下の7つは、私が実際に経験した出来事です。
<自分から後任者に引き継ぐ時>
(1)引き継ぎたくても後任者が決まらない
(2)何を、どこまで引き継いだらよいのか分からない(機密事項まで引き継いでよいのか)
(3)後任者に引き継ぐ余力がない
(4)たまっている代休を取得するよう、上司から命じられる(新しい現場に持ち越さないため)
(5)次のプロジェクトの準備作業が並行して始まってしまう
(6)重要な課題があっても、中途半端な状況になるため手を付けられない
(7)新しい着任先に、質問の電話が何回もかかってくる
<前任者から自分に引き継がれる時>
(I) 前任者が離任する3日前に、突然、後任者として自分が指名された
(Ⅱ) 引き継いだ業務に関するドキュメントの場所が分からない
(Ⅲ) 単純に、作業が2倍になる(引き継ぐ余力がない)
(Ⅳ) 前任者が引き継ぎ期間中に休暇を取り、十分な引き継ぎができない
(Ⅴ) 前任者が、いい加減な引き継ぎをする
(Ⅵ) 離任が決まった時から、重要な課題に全く手が付けられていない
(Ⅶ) 離任後、前任者に聞きたいことがあっても連絡が取れない
引き継ぐ方(後任者)と引き継がれる方(前任者)の困った経験を書きましたが、何かに気づきませんか。そうです、(1)と(I)、(2)と(Ⅱ)などは全て裏表の関係にあるのです。引き継ぐ方の視点からすれば、「引き継がれる方(前任者)が悪い」と見えてしまいますが、逆から見れば「引き継ぐ方(後任者)が悪い」となります。
ここで質問です。これらの引き継ぎの根本的な問題は何でしょうか。それは引き継ぎがマネジメントされていないことです。引き継ぎの当事者に対して、プロジェクトマネジャーやチームリーダーが「離任日までに引き継ぎをしておいて」と一言だけ伝えて済ませている現場があまりにも多いのではないでしょうか。
引き継ぎについては、担当者レベルでは解決できない問題が少なからず存在します。極端な話、前任者が離任直前まで大きな問題を抱え込んでいて、引き継ぎ時に「後はお願い」と後任者に引き渡したとしたら、後任者はたまったものではありません。そんな無用なトラブルを避けるためにも、引き継ぎをマネジメントすることが求められます。
引き継ぎにおけるマネジメントとして、前任者と後任者の間の調整を客観的に行うことが、プロジェクトとして求められます。その調整役として力を発揮するのは、プロジェクト内で中立の立場にあるPMOです。それでは前述した典型例を基に、PMOがどのように介在すべきかを見ていきます。
(1) 引き継ぎたくても後任者が決まらない
(Ⅰ) 前任者が離任する3日前に、突然、後任者として自分が指名された
この問題は、明らかにマネジメントの責任です。PMOとしては、後任者を明確にし、前任者との橋渡しを実施します。本来はチームリーダーの仕事ですが、チームリーダーだとうまくいかないことが多いのです。
なぜなら、「このタスクは誰が引き取るか」といったチーム内の利害調整で難航してしまうからです。プロジェクトマネジャーやPMOが、速やかにトップダウンで後任者を決めてしまう必要があります。リソースや要員計画上に問題があるなら、直ちにプロジェクトマネジャーや上位組織にアラートを上げます。
(2) 何を、どこまで引き継いだらよいのか分からない
(Ⅱ) 引き継いだ業務に関するドキュメントの場所が分からない
この例では、PMOとしてあらかじめ引き継ぎのガイドラインを決めておく必要があります。具体的には、引き継ぎ事項のチェックリストや引き継ぎ方法について事前にルールを作り、周知しておきます。特に「機密事項の引き継ぎ」については、決められた社内手続きに沿って実施する必要があります。
最近はセキュリティーガバナンス上、誰が、いつ、どのような作業をしたのか、責任の所在を明確にする必要があります。そのためプロジェクトで使用する各種のシステムについても、前任者のIDやパスワードを後任者が引き続き使う事態にならないようにします。後任者には新しいIDとパスワードを事前に発行しておき、的確な引き継ぎを実施することが必要です。
また、担当が変わってアクセスできないはずのシステムに、削除し忘れたIDやパスワードを使って前任者が不正にアクセスして個人情報などの機密情報を持ち出してしまう恐れもあります。このため、不要なIDやパスワードを、離任と同時に使用できなくするといった運用も重要です。
(3) 後任者に引き継ぐ余力がない
(Ⅲ) 単純に、作業が2倍になる
この例も、明らかにマネジメントの責任です。しかし、最近ではクライアントからのコスト削減要請のため、このような場面が多くなっています。まずPMOは、プロジェクトマネジャーと共に、本当に引き継ぐべき作業かどうか、引き継ぎ作業自体の確認が必要です。
実は、前任者がもともと非効率的な業務を抱えていたのかもしれませんし、プロジェクトの進行とともに価値が薄れた業務もあるものです。引き継ぎを「業務の棚卸し」の機会と考え、プロジェクト成功のために必要な作業かどうかを見極めるべきでしょう。顧客報告や内部報告のために同じような資料を何回も作成していたり、同じような報告会議が幾つもあって、1週間に何時間も取られていれば、資料と会議体を見直して負荷を下げる工夫をすることが考えられます。
次に、ある作業を引き継いだとして、後任者が実施可能な作業負荷なのかを見極める必要があります。よくある話ですが、1日の労働時間の前提を「残業込みの15時間」として、実施可能と判断するのは言語道断です。実現の可能性がないのであれば、最終的には、マネジメントレベルで作業範囲の見直しをクライアントと詰めるしかありません。これはもちろん、プロジェクトマネジャーやPMOの仕事となります。
(4) たまっている代休を取得するよう、上司から命じられる
(Ⅳ) 前任者が引き継ぎ期間中に休暇を取り、十分な引き継ぎができない
このような例では、PMOは引き継ぎの実施計画を担当者間で調整してもらうように推進します。そのために必要なことは、余裕をもって引き継ぎ期間を確保することです。今までの現場でよくあったことですが、周囲の人のモチベーションに影響するため、「離任の1週間前までは周囲に知らせるな」という現場もありました。
確かに、毎日深夜まで残業しているような辛い現場からメンバーが離任することは、残るメンバーのモチベーションに影響を及ぼすかもしれません。しかし、離任する人は休日出勤でたまった代休を取得しようとするでしょうし、数日後にはメンバーが離任するという現実は必ずやってくるのです。現実を受け入れ、現場に混乱なく引き継ぎを実施するためにも、PMOは余裕をもって引き継ぎが計画されるようなプロセスやルールを作る必要があるのです。
(5)次のプロジェクトの準備作業が並行して始まってしまう
(V)前任者が、いい加減な引き継ぎをする
この例も多分に漏れず、マネジメント不足の問題です。厄介なのは、プロジェクト内での調整が難しいことです。既に前任者は、現在のプロジェクトと次のプロジェクトを掛け持ちしている状況にあります。それぞれのプロジェクトマネジャーから、それぞれ依頼を受けている可能性があるため、もう1つ上位のレベルで調整する必要があります。
この場合、後任者も相手の立場を理解して協力する姿勢が必要です。PMOとしては、より上位の全社PMOや他方のプロジェクトのPMOと協力して、引き継ぎが円滑に実施されるよう、当事者間の負荷調整などを支援しましょう。
(6) 重要な課題があっても、中途半端な状況になるため手を付けられない
(Ⅵ) 離任が決まった時から、重要な課題に全く手が付けられていない
この例では、離任が決まった時点でPMOはプロジェクトに大きな影響を及ぼすようなタスクや課題を離任者が抱えていないか、抱えているとしたら現在どのような状況なのかを棚卸しさせなければなりません。必要であれば、プロジェクト課題やプロジェクトタスクとして、プロジェクトマネジャーにエスカレーションしなければなりません。
引き継ぎの時間がなく、課題一覧などに記載してある重要な課題やタスクが、他の課題やタスクと同じレベルで説明されて、「後はお願いします。これで引き継ぎは完了しました」で済ませてしまうと、後々手に負えない事態に発展することも少なくありません。
PMOは、引き継ぎプロセスのなかで当事者がしっかりと引き継げばよいものと、プロジェクトマネジャーやPMOにエスカレーションすべきものとを区別する判断基準を、プロセスやルールとして定義しておく必要があります。
(7) 新しい着任先に、質問の電話が何回もかかってくる
(Ⅶ) 離任後、前任者に聞きたいことがあっても連絡が取れない
この例について、離任後も前任者と後任者の間である程度の連絡が必要になるのは、仕方のないことです。しかし、本をただせば、原因は引き継ぎ不足なのです。まずは、この点を前任者と後任者の双方が理解していないと、「もう引き継いだから後は知らない」という責任不在の対応になりかねません。
PMOとしては、前任者と後任者の責任を明確に定義し、プロジェクト内に周知させる必要があります。万が一、離任後に後任者が困って先任者に連絡を取らなければならなくなった時には、「前任者側にも責任はある」ということをしっかりと自覚させ、そのうえで対応を求めなければなりません。
プロジェクト計画時やフェーズの変わり目などに、要員計画(リソースプラン)を策定すると思います。その要員計画通りにプロジェクトを進めていけば、あらかじめ後任者を決めておいたり、引き継ぎのタイミングを計画したりできるため、引き継ぎは混乱なく実施できます。
しかし、最初に決めた要員計画のまま、全てがうまくいくことは、まずないでしょう。従って、「突発的な要員交代にどれだけ対応できるか」という観点で、引き継ぎ作業のマネジメントプロセスを定義し、プロジェクトルールとして運営することが重要なのです。